てぃーだブログ › 赤瓦ちょーびんのぐぶりーさびら選 › なぜ「神“教”」でなく「神“道”」なのか?

2012年05月29日

なぜ「神“教”」でなく「神“道”」なのか?

ぐすーよーちゅーうがなびら。無事に終わやびたん。(無事に終わりました)ぬーぬ終わたがんでぃなー?(何が終わったのかって?)沖縄ツーリストのツアーですよ。39人の参加で長寿宮跡・波の上宮・護国寺・孔子廟・三重城・沖の宮を回るコースでした。結構好評みたいでしたから、又やるかもねー!テーマは「琉球と中国の神々を訪ねる旅」でした。「神道」「仏教」「道教」「琉球古神道」などについてちょーびん流に解説したんですけど、皆さん日本の宗教の一つに「神道」ってありますよね。普通はキリスト教・仏教みたいに「教える」の字がつきますよね。でもこれはなぜ「教え」ではなく「道」なんでしょうね?
あっあいさつのつもりだったのに本番になってしまった。

それはキリスト教ならイエスキリストの教えに基づくもので、聖書にまとめられていて、「○○してはいけない」とかいう戒律というものがありますが、神道は誰が始めたものでもなく、又、定められた戒律に従うのではなく、“個人の良心で神々に感謝し、その恵みを受ける”ものなんだそうです。だから“教”ではなく“道”なんですね。で、日本人の生活や文化の中から発生したものなので、生活習慣の中に自然と溶け込んでいるんですね。
初詣、七五三などに神社へ行く。縁結び、合格祈願などに神社へ行くなどですよ。心あたりあるでしょ。古代の人たちは何にでも魂がやどると考えていたので、岩や木、河や水などにも精霊が宿ると考えていたんだそうです。これからするとウチナーは今もそれが強く残っていますね。それが時代とともに変わっていって今の神道になったそうです。


神社本庁による神道の心得というのあって
○自然を大切にして共に生き、敬う「自然崇拝」
○今の自分につながる土に還った(自然と一体化した)先祖を敬う「祖霊崇拝」
○神の血を引き、神事の司祭を兼ねる天皇家を敬う「伊勢信仰」
に分けられるんだそうです。


あいえーなー話がむずかしくなったさー。
要は自然を大切にし、先祖を敬う心が大事ってことなのかな?


あ!勉強中なので、関係者の方々クレームよりもいろんなこと教えて下さいね。今回はこれまで。

なぜ「神“教”」でなく「神“道”」なのか?
波の上宮の例大祭で奉納された神楽

なぜ「神“教”」でなく「神“道”」なのか?








波の上宮






Posted by 赤瓦ちょーびん at 16:17│Comments(0)
 
<ご注意>
書き込まれた内容は公開され、ブログの持ち主だけが削除できます。